このところの毎年毎年思うことだが、
今年の日本の夏は特に
何の前降りもないままいきなり盛り上がってくれているような気がしてならぬ。
梅雨も明けぬうちからいわゆる“真夏日”が連日で訪れ、
梅雨が明けたという宣言直後、
気象庁の勇み足だったのではと思わすような豪雨が続くようなところは例年通りだったものの。
朝晩はまだどこか涼しい頃合いというものがあったはずが、
そんな初々しい夏の初めなぞどこかへ蹴飛ばされたかのように
勢いよく炙られるような真夏がやって来た、今年の日本列島だったりし。
今日も今日とて、まだ午前中だというに、
あちこちの街頭温度計では30度間近い高気温が表示され。
定時のニュースで毎回毎回熱中症対策が紡がれる中、
救急搬送だろうサイレンの声が
むせ返るような温気の立ち込める通りのどこかで遠く近く鳴り響く。
大型の排気口から吹き出す熱風に撒かれ、
アスファルトのタールの香がするよな繁華街ほどではない、
住宅街の半ばにある緑地公園を巡る よくある通り沿い。
ちょっとした商店街だろう1ダースでこぼこくらいの小売店が向かい合う、
その端っこの店屋の表へ下ろされた無機質なシャッターに
ゆらりと立ちはだかった誰かさんが落とした黒々とした影が一つ在りて。
若々しいその肢体の輪郭に沿い、くっきり黒く切り抜いたその影の主は、
「……なんでだ。」
相当に愕然としているものか、随分と悄然とした声をこぼすと
そのままシャッターの上へがしゃんと力なく手をついて、
その甲の上へ顔を伏せ、がぁっくりと項垂れる。
そんな連れの様子を見つつ、
「長い間ご愛顧をいただきましたが…とあるから
ただの臨時休業とかいう閉店じゃあなさそうだぞ。」
追い打ちをかけるよにわざわざ貼り紙を読んでくれたお友達なのへ、
ううう〜〜〜っと半袖シャツにくるまれた肩をすぼめて
尚の憔悴ぶりをご丁寧に見せたというに、
「……もしかしてシャッター熱いんじゃないか?」
「…追い打ちの畳みかけをありがとネ。」
至極冷静にそうと付け足してくれた黒の青年の、不器用な彼なりの親切心へ。
相変わらずの天然ぶりに負けてのこと、真っ当なツッコミを入れる気も失せたのか、
芝居がかった枝垂れぶりから一転、
アチアチアチと、じかに触れていた手を鉄製だろうシャッターから離し、
生ぬるい外気の中、少しでも冷めてとそのままぶんぶんと振り回した、
中島敦くんだったりするのである。
武装探偵社に所属の戦闘担当、異能“月下獣”を操る期待の新人、中島敦くん十八歳と、
泣く子も黙ろうポートマフィア所属、
しかも首領直属の遊撃隊隊長というなかなかの役付きの芥川龍之介さん二十歳。
それぞれが属す組織からして反目し合う間柄なその上に、
個人的な立場にも色々と、
そう簡単には絆されにくかろう錯綜した事情や背景、
そこから生じた微妙な齟齬などが様々に立ちはだかりて。
顔を合わせりゃあ そのまま殺し合わねば決着はつかぬだろう
強烈にして壮絶な殺意や害意をほとびさせていたほどもの、
揮発性もたっぷりのそれはそれは物騒な間柄だったのだが。
それぞれの限界を幾度も越えよう熾烈な戦い、
時に叱咤し合い、時に励まし合いながら乗り越えた末のこととして、
死線を越える共闘からは相手の呼吸や思考を勘で把握するまでの理解が生じ、
真摯な敵愾心からは吾の眼に適った相手だという信頼が生まれ。
居まわりに集う人々との微妙に偏ったしがらみが均されたのと相まって、
立ち入ることを厭う棘、徒に巡らす必要も無くなったがため。
一番遠い存在だったはずが、
肘で肩で小突き合いながらも もうちょっと理解し合う間柄になりたいと
申し合わせてわざわざ会う機会を作るようになって、もうどのくらいになるのだろうか。
「手は無事か? 夏の火傷は治りが悪いぞ。」
「うん。超再生使ったから平気。」
真夏の日差しにじりじりと熱せられてたシャッターに
直接触れた手のひらと前腕の一部へ軽いやけどを負ったれど、
こんな些細なドジへの対処にまでひょいと引っ張り出せるほど、
異能を使いこなせるようになっていることを敦が伝えれば、
“そうか良かったな”とホッとされ。
木陰のベンチに腰かけてた自分からしばし離れていた芥川から、
戻ってそうそう“ほれ受け取れ”と眼前へ差し出されたのが、
よくあるソフトクリームのコーンが一つ。
え?と怪訝そうな顔をしつつも素直に手を出し受け取ると、
それなりの重さの冷菓がクリンとした団子状になって詰まっており、
「わ。美味しそうvv」
いくら?と訊けばこのくらいはいいと気前のいいお返事で。
お目当ての本屋さんが閉まっていたことや、手のひらに思わぬ火傷をしたことで、
ちょっぴり気落ちしちゃった敦なのへ気を回してくれたらしく。
「ありがとう♪」
優しいなぁ、いつもお兄ちゃんしてくれて嬉しいなぁなんて
じわりと喜色が満ちたそのまま、虎の子くんの朝焼け色の瞳が自然と弧を描く。
非番だからと内衣に木綿のシャツとチノパンというこざっぱりしたいでたちの兄人さんも、
おとうと弟子さんのそれへと対を描くよに、切れ長な双眸をやんわりたわませ。
表情薄く、鋭利でとっつきにくいばかりだった顔が途端に淑やかな色を滲ませて、
たまたま通りすがった女学生らに声なき嬌声を上げさせていたりし。
揃いも揃って口許押さえ、慌てたように小走りになる挙動不審へ、
「? 何かあったのだろうか?」
「さあ?」
揃ってキョトンとする辺り、
そういう方向へも天然さんな二人であるところ、さすが兄弟弟子同士というところか。
やはり美人さんな師匠は “そういう意味ではないのだ”と言いそうだけれど…。(笑)
「でも、この近所ってあの本屋さん同様にシャッター下ろした店ばっかなのに。」
何処でこんなの買って来たの?と、
あっさりした檸檬シャーベット風味の氷菓をひと舐めして訊けば、
「…。」
片手を軽くあげた黒獣の覇者殿、親指で背後を示して見せる。
そんな彼の肩の向こう、公園の入り口付近には
小さなのぼりを棒の先にはためかせた自転車を停めて、麦わら帽子のおじさんが立っている。
そこを目指してだろう小さな子供たちやその母親らしい女性らが歩みを進めており、
「この時期にああやって自転車で流してこれを売り歩いている人だ。」
自分も同じ氷菓を手にそう説明し、
「中也さんに教わった。」
「あ。」
成程なあと、そこでやっと腑に落ちる。
たといそういう人があったとて、この芥川一人では意にも介さず気づきもしなかろう。
どうしようもなく喉が渇いたならいっそ自販機でミネラルウォータを買うタイプで、
子供じゃあるまいしと、アイスクリームなんて買いはしない。
だが、あのちょっぴり鷹揚で部下への面倒見も良く、ざっかけない青年幹部様ならば、
水分補給にこのような甘味もどきを選び、
食す間は一休みとしてくれもしようと想像するに如くはなく。
「いいなぁ、中也さんとほぼいつも一緒で。」
それだけじゃあない、敦は知り合って間がないが、
この彼はもっとずっと長くあの頼もしき重力遣い様と共にいた身だ。
こういった瑣事も山ほど、あの人と共有したんだというのが伺えて、それが大層うらやましい。
あ〜あと悩まし気に溜息をつく敦なのへ、
「そうは言うが、僕はその本の話は知らなかった。」
さくりとコーンの縁をかじってから、芥川が口にしたのが、
先程シャッターが下りていた書店で少年が探したかったらしい一冊の本のこと。
何でも中也がお気に入りとしている作家のとあるシリーズのうち、
1冊だけ誰に貸したか行方知れずになっているのがあり、
昭和の半ばという微妙な時期に発行された代物なので、
普通の書店はおろか 今はやりのリサイクル系の古本屋でもなかなか見つからず。
出版元に問い合わせても市場に出ているもの以外 在庫は把握されてはないという。
どうしても読みたきゃ国立図書館へ問い合わせ、コピーを取らせてもらうという手もなかないが、
それはそれこそ最後の手段、
絶版ではないのならと、頑張って探している敦なのへ、
「社長が、案外と古書を扱ってる古本屋にあるかもしれないって教えてくれたのに。」
やや趣味的に偏った、例えば時代劇系のレーベルなぞは、古書店のほうが見つけやすいそうで、
これこれこうと説明すると手際よく調べてくださって、
その作家さんは割とファンも多かったし、時代ものなら尚のこと、
ご近所だったら○○という書店で揃えていたはずと教わり、
やったと喜び勇んでやって来たというに、
それが冒頭で挙げたよに、しっかりシャッターを下ろしておいで。
先程まではそれへの憤慨というか傷心で目一杯だったれど、
「住宅街近いのに、シャッター降りてるお店多いよね。」
何だか異様だと今更ながらに身をよじるよにして後背の其方を見やった白虎の少年。
アイスを買いもとめておいでのお母さま方も、
汗をふきふき、スーパーまで遠くなって大変よねなんて話しておいでで。
小売店の並びにはデイリースーパーもあったのがやはりシャッターを降ろしていて、
そこへ通っておられたらしい会話だとなると、ここ数カ月ほどのこの変貌だということだろか。
こんな街中の賑やかなところでも“シャッター商店街”って生まれるもんなのかなあなんて。
いつだったかニュース特集で見た現象とやら、目の当たりにしちゃったと感慨深そうになったのも一時、
「あ、なになにその写真っ。」
「え?」
時間を確かめようとしてかスマホを取り出した芥川だったのに気付き、
視線を避けさせようとしたその刹那、ちらりと覗けた液晶画面へ逆に食いついた敦くん。
アプリのアイコンの一つが収録している写真そのままのサムネイルになっており、
しかもしかも見間違いじゃあなければ、
「何で中也さんの写真なの?」
「ああ、これか。」
こちらの手元へ身を乗り出してまで覗き込む彼なのへ、
何だ何だと芥川が驚いたのも束の間、
ああそれでかと判れば納得も早く、
「この携帯へ乗り換えた折、使い方が判らぬ機能があった故。」
連絡網の設定などなど、
器用に使いこなしておいでの中也に手づから聞いていた折に、
うっかりと撮影ボタンを押したらしく、
「うわぁあ、そういうラッキーなアクシデントもあるんだ、いいなぁ。」
直近におればこその美味しい拾いものへ、相当に羨ましがって見せる敦であり。
というのも、画面いっぱいという大きさへ変換してもらったその写真というのが、
「凄いカッコいい!
伏し目がちになってて、髪もほらちょっとだけ口許にかかってるのが色っぽくて素敵だし。
この帽子は僕も大好きな春物のだし。」
間近で同じ液晶を覗き込んでいての無防備な様子なの、かしゃりと撮った奇跡の一枚。
何も構えていない自然体なのが何とも麗しいと、
興奮気味にさんざんうらやましがったその上で、
「ボクの携帯へコピーさせてvv」
「ああ、構わぬが。」
そうなるのは予測していたものの、
だがやり方が判らぬと、正直なところを吐露する。
そもそも消し方も判らなくてそのままになってたらしい扱いへ、
今回は知らなくてよかったなんて調子のいいことを言うおとうと弟子くんだったりし。
手際よく自分の携帯へ転送し、
「ふふーvv」
がっかりしたのを埋めて有り余る収穫へ、
すっかりと気をよくした敦くん。
あ・そうだと何かしら思い出し、そのまま自分の携帯内の画像をちょちょいと検索すると、
「お礼にこれをあげる。」
呼び出した一枚へ、今度は芥川があっと瞠目し、
じわりと目許を赤くして。
「これ…。」
「いい写真でしょう?」
恐らくは社の自分のデスクだろう、その天板へ腕を重ねて枕とし、
やや横を向いて静かに転寝中の太宰治氏で。
柔らかく閉ざされた瞼に一刷毛滲んだ陰りが 得も言われぬ艶を匂わせ、
すんなりと通った鼻梁の下、形よく引き締まった口許も凛々しく、
いかにも知的な印象がする人なのに。
なのに全体の雰囲気は何とも淑やかで甘い。
上背もあって、腕も足も長くすらりとしている人だのに、格闘も結構こなず俊敏な人なのに、
憂いのヴェールをかけられたような、やさしい美貌が、儚げな笑みが、
ついつい眼を心を奪うせいだろか。
どこか謎めいてさえ見えるその風貌に、
何も知らない女性らは視線を奪われ、虜になってしまうようで。
「くれるのか?」
「うん。」
ほら貸してと、転送してくれたのを
今度は芥川が含羞みつつ見入るところが可愛らしい。
修羅場では“羅生門”という必殺の異能を操る死神のような青年が、
まるで恋するヲトメのようなのが、随分な落差ではあるが。
“こればっかは しょうがないよねvv”
じいじいしゃんしゃんとセミの声が賑やかなせいか人の気配も紛れさせやすく。
其れでなくとも非番の彼らが、
このような住宅街で周囲への索敵感覚を研ぎ澄ませている筈もなく。
よって、自分たちを先程から観察している存在があることにも気がついてはない模様。
「何でああも仲がいいんだあの二人。」
「同じ職場の人ほど同じ日に休めないからじゃないのかな。」
今現在の安寧がいつパタパタと畳まれるかは判らない。
それはくっきりと宣戦布告となるやも知れぬし、
ちょっとした任務の対象がかぶるという格好での対峙となるやも知れぬ、
そんな いつか来るかもしれない直接対峙の段では、
もしかして
それぞれの想い人相手よりも戦うのに躊躇しそうなくらいに仲睦まじい年少さんの二人であり。
間違いや誇張なく“そうだ”と断じることが出来る方々が、
間がいいのか悪いのか、たまたま通りかかったそのまま、
やや離れたところのつつじの茂みという物陰から
視線を外せず立ち去りも出来ずにじぃっと彼らを見やっておいで。
「あああ、なんであんな柔らかい笑い方をするの、芥川くんたら。」
「誰かさんの前ではまだまだ緊張が解けないんじゃねぇか、
下手打つと ゆるんでどうするかとか言われて殴る蹴るされそうで。」
「う……。」
確かに教育時代は折檻もどきの無体の連続で。
厳しい裏社会でずんと幼い年頃の子が生き延びるためには必須だったとはいえ、
今の今それを言われると凹む太宰だと重々判っていつつ、そんな憎まれを言った中也だったものの、
「うあぁぁ、敦の奴あんな猫の子みてぇにふにふにしやがってぇ。」
芥川くんの手元を覗き込もうとして、
そのお膝に手を掛け伸びあがる様が、無邪気な仔猫のようだったのへ、
あんな甘え方は
よほどに同じ刻を過ごして気持ちが和んでからでないとこの自分へも見せないのにぃと、
この暑い中でも黒い革手套装着の手をぐっと握りしめた中也に向けて、
「キミの前でもついつい緊張している敦くんなんじゃあないの?
油断していると こらこら猫背になるなとか教育者みたいな言われようするから。」
「ううう…。」
あの朗らかな子でもそうなるんじゃないの?と、非難するよに言い返す、
大人げの無さではどちらもいい勝負な大人たちだったりして。
しかもここが問題なのが、互いの愛し子は 相手と同じ職場に在しており、
ほぼ毎日の大半を憎たらしい彼奴と共に過ごす身なため、
そうと言われりゃあ 真実かもしれずで、“…そそそ、そうなのかな”と気弱にも認めかかる恐ろしさ。
ポートマフィアという暗黒犯罪組織における新旧幹部であるほどの男らが、
互いの愛しい子を遠目に見つつ、飛び出して行けもせぬままやきもきしているのだから、
今のところはヨコハマも平和なのかも知れぬという一幕でございました。
to be continued. (17.07.29.〜)
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*なんか長々綴ってしまった。
ここんところPCに触れなかった勢いって奴でしょうか。
お盆前の前倒し進行か、またちょっと忙しいようです。
今日はここまでということで。
彼らに何が起きそうなのかはまだナイショvv

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